日本内分泌外科学会会誌に掲載された論文「過剰診断(overdiagnosis)の定義と過剰手術(oversurgery)/ 過剰治療(overtreatment)の用法: 病理医と疫学者の見解の差異」に対するJCJTCの見解
日本内分泌外科学会が発行する会誌に下記の論文が掲載されました(内分泌外会誌 38(4):265-268,2021)。<論文>
過剰診断(overdiagnosis)の定義と過剰手術(oversurgery)/ 過剰治療(overtreatment)の用法: 病理医と疫学者の見解の差異
坂本 穆彦、廣川 満良、伊東 正博、長沼 廣、鈴木 理、橋本 優子、鈴木 眞一
福島県民健康調査において過剰診断(overdiagnosis)の被害が発生しているのではないか、との指摘があります。これに対して当論文の筆者らは、従来病理学的な誤診という意味で「過剰診断」という用語を使っており、すなわち福島県民健康調査において誤診は起こっていないという主張をしてきたのだ、と述べています。また疫学的な意味で「過剰診断」という用語を使うことは混乱を招くので、その場合は「過剰検査」などの別の用語を使用すべきだ、とも主張しています。JCJTCコアメンバーは、当論文が日本における過剰診断に関する議論に今後影響を与える可能性が高いと考え、以下のような見解を提示します。
1)過剰診断(overdiagnosis)を「病理学的な誤診」、すなわち手術によって治る良性の腫瘍や患者に害を及ぼす可能性の低い腫瘍を、再発や死につながりかねない悪性度の高い癌である、と間違えて診断すること、の意味で使っている病理医がいるのは事実である。
2)だが、現状、国際的には病理医も含め大多数の専門家がWelchの定義した疫学的な意味(生涯にわたり対象者に悪影響をおよぼさない病変を患者に有害で治療を要するものであると診断してしまうこと)で過剰診断を使用している。当論文の主張で、今後「病理学的な誤診」の意味に過剰診断の定義が変更されるというのは考えにくい。
3)したがって福島の甲状腺癌について過剰診断という言葉を「病理学的な誤診」の意味で使用し、過剰診断が起こっていない、と結論を述べるのであれば、過剰診断を「病理学的な誤診」の意味で使っているとの注釈をつけるべきであろう。
4)疫学的な意味での過剰診断はあらゆる検査において生じるもので、病理診断であっても例外ではない。すなわち、病理診断が正しく行われていても「過剰診断がない」という状態は起こり得ない。福島において病理学的意味において過剰診断は起こっていないという情報を専門家が発信した場合、一般の人たちが検査の弊害に対する誤った認識を抱きかねない。過剰診断という用語を「病理学的な誤診」の意味に限定して用いる場合であっても、福島の甲状腺検査について述べるときには、誤解を招かないように疫学的な意味での過剰診断は著明に生じていることを同時に付け加えるべきである。