エッセイ

長瀧先生のご遺言

宮城学院女子大学教授 緑川早苗

甲状腺学や放射線の健康影響の専門家であられた故長瀧重信先生と初めてお会いしたのは、福島原発事故後3年ほど経過した国際会議だったと記憶しています。かつて長瀧先生の部下であった大津留先生から、「甲状腺検査の現場に出ている医師」として、ご紹介していただきました。甲状腺検査は1巡目が終わり、1巡目の二次検査が進む中で、甲状腺癌が次々に発見されている時期でした。福島の住民は放射線の健康影響が出たのではないかと不安を新たにする人も多かった時期です。放射線と甲状腺の両者の専門家である長瀧先生から、「放射線の影響とは考えられない」というお話を伺い、これで自信を持って住民の方々に説明できると思ったことを覚えています。

その後長瀧先生とは直接お話する機会はあまりありませんでした。時々長瀧先生から大津留先生にメールが届き、論文を紹介していただいたり、データの解釈についてのご意見を間接的に拝聴しておりました。また原発事故後のごく早い時期(2012年1月)にご出版された「原子力災害に学ぶ放射線の健康影響とその対策」をご恵贈いただき、拝読させていただいたこともありました。今読み返して、第8章の被ばく者の防護、救済、援護の中の健康調査に関する記載をご紹介いたします。「計画性のない健康診断は被曝者の精神的な苦痛を増すだけである。一般の健康診断が自由に受けられるとしても、病気がみつかるたびに被曝のための病気ではないかと心配する。健康調査を始める前に、過去の災害事例(原子力災害のみならず、ほかの自然災害も含めて)を研究し、実施を予定している健康調査の目的と調査を受ける人の本当の福祉を考えた慎重な計画を立案する必要がある」また福島原発事故に関する健康調査については「精神的な影響も考慮して健康診断を行うことは推薦できるが、今までの災害事例の経験から、健康診断を行うことにより、不安を助長することがないように計画の段階で慎重に衆知を集める必要がある」。甲状腺検査が開始される前から長瀧先生は健康調査の負の影響もよく理解されていたのだとあらためて感じました。

長瀧先生が亡くなられる2か月前の2016年9月に福島では、原発事故後の甲状腺がんに関して、第5回福島国際専門家会議が開催されました(プログラム)。 長瀧先生は基調講演で「長崎大学: チェルノブイリ原発事故から30年: 日本からの貢献」と題され、チェルノブイリ原発事故後に甲状腺の専門家として関わった支援やIAEAやWHOなどの国際機関との協力についてお話されました。福島の課題のセッションでは、大津留先生が甲状腺検査の結果の概要を説明し、過剰診断が生じていることを、福島医大から国際会議で初めて指摘されました。私は甲状腺検査の課題として1)検査の結果が新たな不安を生じさせていること、2)甲状腺がんスクリーニングのデメリット(スライドではharm)として偽陽性と過剰診断が生じており、これが心理社会的影響をもたらしていること、3)任意の検査になっていないこと、を指摘しました(スライド)

発表が終わり、降壇する時、最前列にお座りだった長瀧先生は、奥様の支えを借りてお立ちになり、私に声をかけられました。そして「感動した」とおっしゃっていただきました。さらに翌日の総合討論の中で、「不安に対応するために開始された検査であるのなら、甲状腺検査をこれまでと同じ方法で行うことは止めなければならない」という主旨の発言をされました。その後しばらくしてお亡くなりになる数日前の日本甲状腺学会でお会いした時に、少しお話させていただく時間がありました。私の発表を聞いて、科学的な事実が、住民の安心に直接つながるのではないということがよくわかった、この検査を本当の意味で住民のためになるよう、福島の自信につなげるものになるよう、努力してほしいと、おっしゃっていただきました。私にとって、これら一連の長瀧先生の言葉はご遺言と思って大切にしています。

チェルノブイリに貢献された世界の医師の筆頭におられた(ある意味英雄のお一人であった)長瀧先生ですが、チェルノブイリの住民の苦しみを理解されており、福島の英雄となるのではなく、福島の住民のために必要なことは何かを考えて行動されていたように思います。国レベルの行政にも影響力がおありになったので、長瀧先生がご存命であったら、甲状腺検査はもう少し違う方向に進むことができたのではないかと思うと同時に、早く長瀧先生にいい報告ができるように、活動しなければと思っています。

文献

長瀧重信著 原子力災害に学ぶ放射線の健康影響とその対策 丸善出版, 東京 2012